2005年03月02日
ウインドサーファー飯島夏樹さんが死去
「天国で君に逢えたら」の飯島夏樹さんが死去
【ライブドア・PJニュース 03月02日 】− がんを自ら公表し、その闘病中に執筆した小説「天国で君に逢えたら」が話題の元プロウインドサーファーの飯島夏樹さんが2月28日深夜、ハワイのオアフ島で亡くなった。38歳だった。88年から、ウインドサーフィンで世界を転戦し活躍。02年に肝細胞がんと告知されて以来、療養生活と執筆活動に専念していた。
飯島夏樹氏の著書

天国で君に逢えたら

神様がくれた涙

ガンに生かされて→PJニュースを読む
【ライブドア・PJニュース 03月02日 】− がんを自ら公表し、その闘病中に執筆した小説「天国で君に逢えたら」が話題の元プロウインドサーファーの飯島夏樹さんが2月28日深夜、ハワイのオアフ島で亡くなった。38歳だった。88年から、ウインドサーフィンで世界を転戦し活躍。02年に肝細胞がんと告知されて以来、療養生活と執筆活動に専念していた。
飯島夏樹氏の著書

天国で君に逢えたら

神様がくれた涙

ガンに生かされて→PJニュースを読む
ウインドサーフィンというスポーツは、マイナーなイメージがあるが、その魅力にとりつかれたファンは多く、一部の人に絶大な人気を誇っている。このウインドサーフィンは、日本では御前崎、湘南などで盛んに行われていて、サーフィンと似ているが、実は全く違うスポーツだ。サーフィンはボード1つで波に乗るのに対し、ウインドサーフィンはセイルを用いて風を取り込みボードを走らせるスポーツ。風をつかんで海上を滑走する感覚は、何にも変えられないほど気持ちいいそうで、そのスピードはジェットスキーを超えるほどだ。
飯島夏樹さんもその魅力にとりつかれた一人である。彼は日本人で初のウインドサーフィンのワールドカップでフル出場をはたした男。当時、日本人が世界を転戦するなんて考えられなかった時代に、彼は唯一日本を飛び出し、勝負の舞台を世界を移し活躍した。そして日本人も世界で十分通用することを証明したウインドサーフィンの第一人者である。海外の強豪を相手に戦う姿は、海の向こうから、ウインドサーフィン専門誌「Hi-Wind」などによって伝えられ、日本にいる多くのウインドサーファーに、勇気と元気を与えた。そんな彼の勇姿は今でも多くのウインドサーファーの脳裏に深く刻み込まれていることだろう。
日本に元気を与えてくれた飯島夏樹さん。そんな彼は天国に行っても、きっと大好きなウインドサーフィンを続けていることでしょう。
飯島さんのご冥福をお祈りします。【了】
・飯島夏樹公認ブログ
・サニーサイドアップ
ライブドア パブリック・ジャーナリスト
この記事に関するお問い合わせ先:newscenter@livedoor.net
2005年03月02日15時34分
飯島夏樹さんもその魅力にとりつかれた一人である。彼は日本人で初のウインドサーフィンのワールドカップでフル出場をはたした男。当時、日本人が世界を転戦するなんて考えられなかった時代に、彼は唯一日本を飛び出し、勝負の舞台を世界を移し活躍した。そして日本人も世界で十分通用することを証明したウインドサーフィンの第一人者である。海外の強豪を相手に戦う姿は、海の向こうから、ウインドサーフィン専門誌「Hi-Wind」などによって伝えられ、日本にいる多くのウインドサーファーに、勇気と元気を与えた。そんな彼の勇姿は今でも多くのウインドサーファーの脳裏に深く刻み込まれていることだろう。
日本に元気を与えてくれた飯島夏樹さん。そんな彼は天国に行っても、きっと大好きなウインドサーフィンを続けていることでしょう。
飯島さんのご冥福をお祈りします。【了】
・飯島夏樹公認ブログ
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2005年03月02日15時34分
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1. 天国で君に逢えたら [ 乱読日記 ] 2005年11月11日 21:44
飯島 夏樹
天国で君に逢えたら
先に裏表紙を読んでから、本編読めばよかったかも。
と、後悔したけど、時すでに遅し。
「1966年、東京都生まれ。日本で唯一、8年間ワールドカップに出場し続けた世界的プロウィンドサーファー(中略)2002年6月、肝細胞ガンと診断














